happypig~障害夫婦生活雑記~

障害者夫婦なんて、世の中にそうある組み合わせで脊髄損傷車椅子旦那の夫と突き抜けすぎてる妻、そこにぽっこり産まれてきたこどもの生活を描ていきたいと思います ☆

車椅子パパのむすこと、障害理解

この頃寝る前にベッドの中での長ーーーーいお戯れタイムに

保育園で未満児のころに使っていた母手製のマイドールのパンツくん

シュタイナー教育で自分専用の人形を持参して、想像力や思いやりを育むというものでくうたはパンダの人形でパンツと名付けています。)

と寸劇?コント?のようなことをするのが常なくうた、4歳半。

 


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飽きもせず、

「パンツと―シャツー(保育園に持っていくレベルにいたらなかった試作品)

 二人はーーー!!仲良し――っ!!」

と毎晩やってます。

 

 

一昨日の夜、何でこんな会話になったのか一瞬で忘れた母ですが

こんな会話になりました。

 

 

母「パンツが車椅子に乗るって言ってるよ」

くうた「パンツは乗らないよ。しょうがいないでしょ!」

母「障害ってわかるの?!じゃ、パパは?」

く「パパはしょうがいあるから、乗るの(車椅子)!背骨と神経ちゃん、ポキで足動かないからでしょ!」

母「じゃママは?」

く「しょうがいない」

母「どうかなー?じゃ、くうたは?」

く「僕は楽しいから乗るんだよう(車椅子に)」

母「ママも車椅子乗るのはなんで?」

く「それはー…うーん。わからない('ω';)」

母「楽しいからだよ」

 

 

くうたの口から、”しょうがい”というワードが出てきたことに驚いたのと

ちゃんとパパがなぜ車椅子に乗っているのかを理解していることに感心しました。

 

(彼が親の障害を受け入れたり、

 自分自身のASD/ADHDを自覚し受容する時の助けになればと

 多様性についての情報をあれこれ吹き込んではいます)

 

 

 

このところ、わけあって幼児に対する障害理解教育の勉強をしているのですが

障害者との接触が意図的な接触であったかどうかや

大人のフォローの仕方によって、

子どもの障害者観の基礎ができるというようなことを知りました。

 

 

 

先日あるSNSで障害のあるママの不安を目にしました。

”自分の障害で子どもが傷つく日が来るのが怖い”

 

障害のある親の子どもはもちろん、親の障害に対して自然に受け入れてくれるものだと思っています。

2歳半で自分のパパが他所のパパと違うと気づいてから

くうたもごく自然に受け入れてきたと思っています。

 

 

ただ、その認識を

お友だちに否定されたら?

周囲の大人に否定されたら?

 

くうたの障害者観は今後変わっていくかもしれません。

 

 

もちろん、今後そういうことが起こったとしたら

間違っているのは当然ネガティブな接触をしてきた人の方なのですが

親としてはやっぱり、

自分の障害で我が子が傷ついたらどうしよう?!

という不安はなかなか消せません。

 

 

先を不安がっていてもどうしようもないのですが、実際にはそれを苦に思い

「だから障害のある自分は子どもは作らない」と諦める人もいるほどなのです。

 

 

じゃ、障害を持つ親が我が子のためにできることってなんだろう?と考えると

我が子の周りの子の障害者観をネガティブなものにしない努力をすることなのかな?

と思うのです。

 

 

たとえば日々のかかわりの中で、保育園や幼稚園の送り迎えで、習い事の送り迎えで、

他の子に「○○ちゃんのママ・パパは見た目は違うけど普通の人なんだな」と安心してもらえるように関わっていければいいのではないかな?と思うのです。

 

 

はじめは新奇性追求したい子どもたちに囲まれるでしょうし、

自分の疑問が解消されるまでは「なんで?なんで?」が止まらないでしょう。

ですがその「なんで?」に他の大人が間違った解釈で説明をする前に

正しい答えと正しい接し方をその子に教えてあげれば、

それだけで我が子の周りの子どもたちを味方にすることができるのではないでしょうか。

 

 

それは勇気のいることかもしれませんが

我が子を好奇の目から守ることにも繋がりますし

周囲の子どもたちにとっても、良い機会になるのではないでしょうか。

 

うちのパパがどうかって?

囲まれるたびに、困ってしまって先生に助けていただいているようです(;^ω^)

私とは毎度、意見の合わないパパですw

それに、見た目で分かる身体障害と見た目ではわからない発達・精神障害とでは異なる部分も大きいのでしょう。

 

 

くうたもいつか嫌なことを言われる日が来たり、

恥ずかしいと思う日が来るかもしれないけれど

その時に親がしてやれるフォローってなんだろう?

日々、そんなことを考えている母なのでした。

 

今は彼の感性をそのまま大事にしてやれればいいなと、ただただ思うのです。