happypig~障害夫婦生活雑記~

障害者夫婦なんて、世の中にそうある組み合わせで脊髄損傷車椅子旦那の夫と突き抜けすぎてる妻、そこにぽっこり産まれてきたこどもの生活を描ていきたいと思います ☆

小さな野望

今、小さな野望があります。

 

障害者に対する偏見や

自分が障害を持った時に酷く絶望するのって

障害者がどんな生活をしていて、障害者になるとどうなのかってことを

知らなかったり、間違った認識をしているからなんじゃないかな?

と思うことがよくあります。

 

私たちにとって当たり前のことが

健常者には当たり前ではなく、

そのことを知らない人が多いように感じます。

 

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2018年の今でも

私が子どものころと変わらず

街で車椅子を見かけ、じっと見つめる子どもに

母親は「危ない!!」とか「見ないの!!」と言います。

大人はちらっと見てサッと目を逸らします。

 

 

これって何故なんでしょうね?

 

 

子どもの視線は大抵が差別の目ではなく好奇心からくるものです。

「なんだこりゃ!!」と思ってくぎ付けになっているのです。

 

 

見たことのない乗り物に対して反応するのは

子どもだけではありません。

犬も同じです。

車椅子を見たことのない犬の多くが、車椅子に吠え掛けます。

 

 

興味を持ってナニコレ?と思った瞬間、

親から「危ない!」「見ちゃダメ!」「ほら行くよ!」

と言われれば、その瞬間車椅子はその子どもの中に

「危なくて、見てはいけないもの」と植え付けられてしまいます。

 

疑問を持った時がそれについて学ぶチャンス!

私はそう思っています。

 

 

 

私が4歳まで通った幼稚園は

今でいうインクルーシブ教育のようなものを取り入れた幼稚園でした。

心身に障害を持った友達も多く通っていました。

 

パニックになってクラスで飼ってたオタマジャクシを

素手でつぶしちゃう知的障害のある子も

二分脊椎で歩けなくて園の中ではずっとハイハイか、先生に負ぶわれている子も、

多動でじっとしていられない子もいましたが

その子たちは入園時からそうでしたから、

それがその子であって、お友達であることに変わりなく

そこになんの偏見も抱かずに

お友達として受け入れていたように記憶しています。

 

 

むしろ保護者たちの

「○○ちゃんは体が悪いんだから仲良くしなくちゃだめよ!」

の言葉に違和感を覚えていました。

 

 

体が悪い人とは仲良くしないとダメなの?

 

 

幼い私には疑問でしかありませんでした。

体が悪かろうがそうでなかろうが、好きなお友達は好きだし

合わない子は合わない!

そう思っていたのですから。

 

 

 

そうやって大きくなった私ですが、あれから30年以上経っても

大人たちというものは

子どもたちにあの頃と同じような対応をしているように感じます。

 

いまだに、子どもたちの慣れ親しむアニメにも絵本にも

それからおもちゃにも

障害をもつキャラクターは出てきません。

 

 

 

幼いころから障害に親しむ機会がないのです。

それが「自分とは違うもの。自分とは関係のないもの」

という溝を生んでいるように感じます。

 

 

ちょっとした野望とは

幼児に障害者について知ってもらうことができないかということです。

 

車椅子の人って何にもできないって思ってる人はたくさんいるけど
ほんとは自転車にも乗れるし
スポーツもできるし
冬にはスキーをする人もいるし
車の運転だってできる人もいます。


ただ、みんなと同じやり方ではできないから
別のやり方でやるっていうただそれだけ。

 

 

障害のある人もみんなと同じ
お菓子大好き 買い物にも行く
いたずらもするし
遊ぶのも好き
友達もいるし
動物園や水族館も大好き
本当は公園で遊びたいし
大人になったら仕事もする
恋もするし
結婚もする
そしてパパやママにだってなる
みんなと同じ方法ではできないけど
やれる方法でなんだってする

 

そういうことを伝えることはできないかな?ということです。

 

 

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車椅子の人を見慣れているくうたが

車椅子をガン見していたことがあり、私も焦ったことがあったので

(くうたのガン見の原因は”パパの車椅子と見た目の違う車椅子だったから”でした。)

車椅子に慣れていようがいまいが、子どもというのは

そういうものなのかもしれませんが 笑